2009年10月25日日曜日

UFC104 外伝III

見てください、この笑顔!
一度は心無い人に持ってゆかれてしまったパスポートですが、捨てる神あれば拾う神あり。幸運にも親切な方が見つけて彼の手元に戻ってきました。

ぎりぎりのタイミングでロス入りはしたものの、のんびりしている時間はありません。 空港から直接Dr.グルックマンのオフィスに直行。山のような書類にサインをしつつ、あちらこちらの部屋に行ったり来たり。
写真は散瞳直後の岡見”サンダー”勇信。微妙なサングラスでまぶしさをこらえます。
全てのメディカルが終わってホテルに着いたのは現地時間の19時過ぎ。ようやく荷物をといてしばしの休息です。

23日の午後4時には公式計量。
今回は6キロの水抜きが待っています。
写真はセコンドとして勇信に同行してきた藤井陸平。
なんですかね、首の傾げ方といいじょうごの摘まみ方といい、ほどよくだらしない胡坐の組み方といい、ホテルの一室で作ってはいけないものを作っちゃっている密入国しちゃった方にも見えますが、一応これも減量の一部です。
ちなみにソネンは陸平(95kg)を最初見かけたときに勇信と勘違いして「ありえないデカさだろ!」とかなりビビッたそうです。
ごめん、ソネン、実は普段の勇信(101kg)は今の陸平よりデカいんです。

難なく減量を仕上げると、無事今回の対戦相手、チェール・ソネンとフェイス・オフ。
ソネンも大分絞っていますね。
明日はきっと全然別の人になっているんでしょう。
最初は色々あってどうなることかと思いましたが、そこはさすがに勇信でした。
精神的なストレスも、時間的なハンデもものともせずに、今までで最高のコンディションをキチンと作り上げました。
ソネンもNCAA王者に二度も輝き、WECミドル級王者にもなったUFCミドル級屈指のタックラー。まさに今後のUFCミドル級のタイトル戦線を占う一戦です。
あと2時間もすれば会場入り。8時間後には全ての結果が出ているでしょう。
UFC104で行われる岡見勇信xチェール・ソネンの一戦、皆様ぜひともお楽しみに!

UFC104 外伝II

15時30分に成田を離陸する予定だったNW02便はこの日はキャリアトラブルで離陸が18時30分に遅延された。僅かでも時間が稼げれば、勇信のパスポートが16時前に見つかれば、運がよければ16時3分東京発の成田エキスプレス37号をつかまえNW02に滑り込むことが出来るかもしれない。ノース・ウェストのカウンターで地上乗務員に事情を説明し、最良のケース、そして最悪のケースに備えた対応策を相談する。仮に16時過ぎにパスポートが出てきた場合、今日中に飛ぶことは出来ない。
じつはもう一つ問題が発生する可能性があった。それは今回はカリフォルニア・アスレチック・コミッション、CSACの認可を受けたカリフォルニア州内のドクターによってのみ、有効なメディカルを受けることができると言うことだった。カリフォルニアで必要となる主要なメディカルは、Eye Exam、EKG(心電図)、MRI(磁気共鳴画像装置)、Blood Exam(血液検査)などだ。このうち時間がかかるのがMRIとBloodで、MRIは予約が無ければ直ぐには受けられないし、Bloodは検査を受けて結果が出るまでに最低でも丸1日かかる。
おそらく今回のメディカルはLAX(ロスアンゼルス国際空港)に比較的近いDr.グルックマンのオフィスで取ることになるだろうから、午前中にLAXに着ければ21日着でも23日の公式計量に間に合わせることができる。
ところが残念なことに、ノース・ウェストのカウンターで仮押さえができた21日発のエアーはポートランド、ソルトレイクを経由する便しかないためロス到着は14:44分。これでは明日の便でロス入りできてもメディカルが間に合わない...。
勇信、今回のトラブルは君のキャリアにとって致命的なものになるかも知れないよ...。
16時を過ぎても勇信のパスポートは見つからなかった。
「最終的な結論が出るまで試合があるという前提でキチンとコンディショニングをしてくれ。あとはパスポートが出てきてもJRの陸送に乗ってしまうと2~3日受け取れなくなる可能性があるかもしれないから、中央線の各駅を回って”何度もすいません!”と頭を下げて足で探すしかないよ。」と最後に携帯で伝えると、浮かない気分で18時30分発のNW02便に乗り込んだ。


8時間ちょっとのフライトで現地時間11時半ごろにLAXにつくものの、ZUFFAのドライバーとうまく合流できずにWilshire Grand Los Angelesについたのが15:30。ホテル内のZUFFAオフィスでチェックインを済ませると、グレッグさんが「あとはファイターをつれて来るだけだ。」とちょっと暗い面持ちで口にした。
ところが部屋に入ってPCをWiFiをつなぐと、次々とグッド・ニュースが舞い込んできた。
「有りました。とりあえず、エアーやります」
「岡見君、藤井君と同じスケジュールで到着します」
「メディカル大丈夫みたいですね、連絡きました」
ありがたいことに、僕が機中にいる間に、勇信に関わる方々が全力で働き、全ての問題をクリアーしていてくれたのだ。
この時になって初めて、この件に関して驚きを通り越した感情が胸に沸き起くるのを感じた。

「よかった...。」

~つづく

2009年10月23日金曜日

UFC104 外伝

朝8時に起床して荷造りを終えると、僕は10時11分、逗子駅発の横須賀線・総武線直通成田エアポート・成田空港行きに乗り込んだ。UFC104で試合をする、岡見"Thunder"勇信に帯同しロスアンゼルスに向かうためだ。
勇信と出会って早9年、東京、モスクワ、ホノルル、ソウル、ラスベガス、ベルファウスト、イリノイ、オハイオ、テキサスと、最初は彼の手を引くような思いで、そして何時しか彼の逞しい背中を眺めながら世界を供に転戦してきた。格闘技に関わるようになって以来ロスには何度も足を運んでいるけれど、意外なことに勇信とロスを訪れるのは今回が初めてだった。
寝不足で、溶けた鉛の様にゆっくりと働く頭の中でそんなことをとりとめも無く考えながら僕は携帯を取り出し勇信にメールを打った。
「パスポート、忘れるなよ。」
初めて勇信と海外に遠征したのは8年前。雪がちらつく初冬のモスクワで、ロシアの強豪アマール・スロエフに完膚なきまでに叩きのめされプロの洗礼を受けた。スロエフのスポーツマンとしての暖かさに励まされた。本当の意味での勇信のプロデビュー戦。敗北にいらつき、現実を明日への糧へとするには時間がかかった20歳の岡見勇信。己に向き合い、現実を見つめ世界の強豪と戦い続けた8年間。いつしか頼りなかった少年の面影は姿を消し、格闘家としての勇信の立場にふさわしい頼もしく、そして逞しい成年へと勇信は姿を変えた。
今となっては僕のこの”パスポートメール”も「必要な手続き」から「いつもの儀式」へとその意味合いが変わっていた。
「もう、このメールを打つ必要も無いかもしれないな。」とぼんやりと考えていると、ズボンのポケットの中で飼い猫のズズ坊が鳴き声をあげた(僕の携帯の着信音なのです)。
案の定、それは「了解です、大丈夫です(^-^)v」と言う、ご丁寧に顔文字が添えられた勇信からの返信だった。
「思えば遠くに来たものだ...。」
それは別に車窓から眺めた佐倉の田園地帯の稲の借り入れが終わった冷たそうな水田が僕にそうつぶやかせた訳ではなかった。MMAを志し、日々トレーニングに励む若者が世界中でどれほどいるのだろう?世界中のローカルイベントでの熾烈なステップアップファイトを這い上がり、MMAの頂点と言えるUFCの目に留まり、オファーを受ける幸運に浴する選手はどれほどいるのだろう?選び抜かれた選手同士の過酷なサバイバルマッチを生き残り、UFCの”コンテンダー”と認められる選手はいったいその競技人口の何パーセントなんだろう?
凡人である僕にはその厳しさ、過酷さを数字で計算する気にすらならない。だけど、岡見勇信は紛れも無くそのUFCミドル級のトップ・コンテンダーの一員なのだ。
今度のUFC104でのチェール・ソネン戦をクリアーすれば、勇信はMMAの世界の頂点と言える、UFCミドル級チャンピオンシップに向けた大きな一歩を進めることになる。
彼はいったいこの僕をどこまで連れて行ってくれるのだろうか?
再びズズ坊がポケットの中で鳴き声をあげた。今度はメールではなく通話を着信している。勇信からだ。「もう成田に着いたのかな?」と思いながら、ささやくように口元を隠しながら携帯に出た。

「礒野さん、大変です!パスポートを無くしました!」

勇信、ごめんよ、僕の感情の容量は君が巻き起こす騒動に対して何らかの感情をもてるほどのキャパシティーが無いみたい。なんと言うか、驚くことすらできないよ。
いや、正確に言うなら「ああ、勇信でもこんな半泣きになることがあるんだなぁ。」とちょっとだけ意外には思ったけど。
即座に「うん、しょうがない。」と全てを諦めつつ覚悟を決めると小声で勇信にどうするべきかの指示を伝えてひとまず携帯を切る。電車はすでに成田周辺のトンネル地帯。携帯の電波は不安定になっている。頭の中ですばやく優先順位を組み立ててから矢継ぎ早に各所に報告と対応をお願いする電話を掛ける。
電車の中で通話をするのにちょっとためらう気分もをあったけど「すいません、勇信がパスポートを紛失しまして...。」と聞こえたのか聞こえなかったのか分からないけれど、周りの皆さんは気づかないフリをしてくれました。
再び勇信に電話を掛けると携帯越しに彼がすでに駅長室にいるのが分かる。
「ダメです、見つかりません!」
う~ん、勇信、君は僕の想像をいつも超えているよ。ホントのトコロ、君は僕をどこへつれて行く気なの?

~つづく